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日経BP社 ビジネス・カレイドスコープ 第15回
身内も敬遠していた三菱の車 もう三菱自動車叩かれまくりですね。 うちの親父が10年以上3台に渡り、三菱のギャランシリーズに乗っていましたが、いつかこんな日がくるんじゃないかと思っていました。
親父がそれまで乗っていたトヨタを何で止めたかは忘れてしまいましたが、三菱にした理由は簡単です。
三菱の営業所は自宅から一番近かったからです。 購入した三菱車は「ギャランΣ」です。 ギャランとしては3代目、サブネームにΣが付いた最初の機種です。 私は、当時トヨタ車が嫌いでしたし、今まで乗っていたトヨタ車よりも一回り大く、スタイルも良いΣは結構気に入ってました。 #ちなみに今は四半世紀くらい先の未来を考えたトヨタの開発方針には賛同する部分が多いですが、販売されている車には嫌いな車種が多いです。 車自体の出来も、打倒マークIIを掲げて路線変更を行った最初の機種だけに力が入っており当時としては高水準の車だったと思います。 この車は後側のドアがやや立て付けが悪かった様な印象はありますが、それほど酷い記憶はありません。 もっとも、この頃はまだ中学生だったので自分で運転もしませんでしたし、細かい不具合は忘れたのかもしれません。 このΣや、その前のコルトギャランやギャランGTOに未だに乗り続けている人がいるのは分かる様な気がします。 その次に買い換えたのが3代目のギャランΣ(ギャランとしては5代目)です。 ハッキリ言って、こいつはスタイルからして嫌いでした。 先代に比べてスマートになった車体は、各部が無定見にスラッシュサーフェース化されていて、謳い文句のスタイリッシュセダンにはほど遠く、ノッペラ坊の様な印象を私には与えていました。 この車は最初から細かい不具合が多く、末期には走っている最中にマフラーが落ちました。 私の記憶の中ではこいつは欠陥車です。 そして最後になったのが6代目ギャランです。 こいつのスタイルはその前のΣから一転してマッシブなヨーロッパ風のセダンとなり、とても気に入ってました。 故障等も最初の2年間は殆ど無かったのですが、それ以降だんだん増えてきました。 3年目くらいでマフラーに穴が空いたりもしました。 そして、ついに親父が高速を走行中、右後輪のブレーキが脱落するという信じられない様な事態が起こりました。 幸い長い直線を走行中の事で、事故にはならず、誰も怪我等はしませんでした。 これ以降、流石に三菱車を買い続ける気にはならなかったのは当然でしょう。 たまたま、できの悪い車に2台連続当たっちゃたのねと思っていたのですが、リコール隠しが発覚したときに私と家族は「ああ、やっぱりね」と全員納得してしまいました。 でも、1つ弁護をするのなら三菱の車はどれもエンジンフィーリングは当時の車としては良かったと思います。特にスポーツグレードの車種を買っていたわけではありませんが、どれも気持ち良くエンジンが回っていたと思います。 サイレントシャフトなどの技術はポルシェに技術供与されていたくらいです。 自動車のメインであるエンジンテクノロジーであれだけ良い面を持ちながら今回の事態は非常に勿体ない事です。 もう10年以上前に私が最初に車を買おうと思ったときに、趣味の撮影の関係上四駆が欲しいと思いました。 当時はRVという言葉が流行りだした頃で、三菱のパジェロが大ヒットしていました。 しかし、パジェロだけは私の購入車候補に挙がる事は無かったのは云うまでもありません。 |
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セリカXXの次に乗ったのが、三菱エクリプスでした。
チョロQでスタリオンにやられてた世代としては、エクリプスはもう溜まらないものだったわけで。 片側盛り上がったボンネットとかハァハァ。 運転手を囲むような印象のパネルとか、デフォで短いギアスティックとか、好きなところをあげればきりが無いと言うか。 なんというか、色々残念です・・・。 従兄弟が逆輸入のスタリオンターボ乗ってたなぁ。
親戚が三菱モータースの整備士長年やってたけど、そーいや本田か鈴木ばっか乗ってるな。 バブル期の三菱のスポーティークーペ「GTO」とか「FTO」は腰が高すぎです。
スパーカー世代で頭の中がカウンタックとか、ベルリネッタボクサー、エリートなんかに汚染されまくっている私の目から見ると、こんなにウェストラインの高い車はエセスポーツカーじゃ!と叫びたい代表格です。 でも、エクリプスはアメリカでデザインされたせいか、この時期の三菱クーペとしてはバランスの良いデザインしてますよね。 同じギャラン系のシャーシだと思うんですが。 |
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さて、今をときめく三菱自動車ネタです。先ほどヤフーの三菱自な掲示板で「カービ... いかやき友の会【2004/06/29 21:10】 |
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