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R8G以前のアメデー・ゴルディーニ -R8Gその2-

R8ゴルディーニのゴルディーニとは、レーシングドライバー、チューナー、コンストラクターとしてフランスのコンペティションシーンに名を残す「アメデー(イタリア語読みではアメディオ)・ゴルディーニ」その人の名前です。
ゴルディーニは「エンジンの魔術師」と呼ばれた程の名エンジニアでした。まずはゴルディーニの足跡を辿ってみましょう。


r8g_s5


ゴルディーニはイタリアのボローニャ地方の町バッツァーノで1899年に生まれと言いますので、エンツォ・フェラーリと地理的、年齢的にも近い事になります。
父を早くに無くした彼は幼い頃から修理工場などで働き、第一次大戦時にはイタリア歩兵隊に従軍しています。
復員後、彼はフィアットやイソッタ・フラスキーニの代理店で働きつつ地元のエンスージアストのツーリングカーやレーシングカーのチューンを手がけエンジニアとしての第一歩を記します。


1925年に突如としてフランスのパリに移り住んだ彼は、イソッタ・フラスキーニのセールスをしながら、1年後自らのファクトリーを開きます。


ゴルディーニ   モノポスト
左側がゴルディーニ、トレードマークのシガレットをくわえています。   1955年製作の2.5Lモノポスト、タイプ32

1930年頃からは自ら手がけたマシンを駆ってレースに参加、1934年にはフィアット・バリッラ・スポルトでボルドール24時間を制覇、翌35年には参加7レース中5レースに勝利し注目を集めます。
この勝利に喜んだのはゴルディーニの周囲だけでなく、フランスでフィアット車をノックダウン生産・販売していた「シムカ」も同様で、以降シムカはゴルディーニに援助を行う様なります。そして、ゴルディーニもその援助に応えシムカ8(バリッラ1100)やシムカ5(トポリーノ)をベースにしたマシンでモンテカルロでクラス2位、ル・マンでクラスウィン、ボルドールでクラスウィンなどで目覚ましい成績を残しました。


当時のシムカはフランス版フィアットですので、パッケージングは優れていましたが、流石にスポーツカー的な見方では機械的には特に秀でた部分は無い(劣った部分も無いですが)大衆車でしたので、レース向きとは言いかねる車でした。
これらの車をベースとして優秀な成績を残したゴルディーニに対して「魔術師(ル・ソルシェル)」の愛称が、当時の著名なジャーナリスト「シャルル・ファール」から贈られました。
また、この頃フィアットのダンテ・ジアコーサとも知り合い、以降ボディ面などでアドバイスを受ける様になります。


シムカ5 前   シムカ5 後
こちらシムカ5のノーマル版(ブルム製1/48)、ご覧の通りフィアット500まんまです。ホントはオリジナル形状のバンパーが付くんですがこのモデルでは省略されています。
また、補機類はフランス製に置き換えられています。

第二次世界大戦が始まり、レース活動は中断されたものの彼は自身のレーシングカーを温存する事に成功し、1945年に終戦後初めてフランス国内で開催されたレース「ロベール・ブノア杯」を見事に優勝で飾ります。
1946年にはシムカと共同で「エクィップ・シムカ・ゴルディーニ」を設立し、シムカから人的な援助や、設備なども提供される事となります。
その後、すでに旧型化していたシムカ8の部品やエンジンを使用したモノポスト「1GC」も活躍し、このチームの技術力の高さをアピールします。
1949年には新たに作成した1.5Lユニットが大活躍、1950年のモンテカルロでは2つのクラスウィンと女性チームがクープ・ド。ダム(女性賞)を獲得するなどゴルディーニのチームは当時のフランストップへと成長し、若い優秀なドライバーも次々と輩出して行きます。


ホイール   シムカ5&R8G
この辺がシムカです。(w   シムカ5は1936~40年で6.5万台というヒットとなりました。

しかし、シムカとゴルディーニはレース活動に関する方針についての意見の相違から1952年に協力関係を解消する事となります。
シムカからはその後も資金の援助は続いたもののゴルディーニの資金繰りは徐々に苦しくなっていきます。
そんなゴルディーニの元にはフランス全土のエンスージャスト達から100フラン紙幣の同封された手紙が届いたり、政府からは長年の功績を称えられ「レジオン・ドヌール勲章」を叙勲されたりしています。


R8G正面   R8G後

資金不足から国際的なビックレースでの勝利からは遠ざかったものの各地のマイナーレースにも積極的に参加を続け勝星を挙げ続けていたゴルディーニですが、1955年にル・マンで起った大事故が(ジャガーを避けようとしたオースチン・ヒーレーにメルセデスが激突、観客・スタッフ82名が死亡した)元になってレース開催が次々と中止となったり、若手レーサーの離反(エンジンにコストをかけすぎ十分な報酬が払えなかった)、フォードフランスとのDOHCエンジン共同開発の中止などが相次ぎ、運営面で危機的状況に陥ってしまいました。


戦後1945年から57年の13年間に参加したレースは400あまり、最盛期には週に2つのレースをこなし、時にはフェラーリの行く手を塞ぐなど輝かしい歴史を築き上げたチーム・ゴルディーニも1957年6月23日、自身の誕生日にチームを解散し、その歴史を閉じました。そしてルノーとのエンジン開発提携の契約をしたのです。
しかし、ゴルディーニにとってそれは終わりでなく新たなる伝説の始まりだったのです。


ゴルディーニロゴ

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【2006/07/08 01:08】 | ミニカー フランス車 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
読ませて頂きました・・・・・・。
う〜ん・・・勉強に成りました・・。
ゴルディーニ系、何か作りたく成りましたよ〜。
では又・・・・・・。by misa
【2006/07/08 08:20】 URL | misa model #79D/WHSg[ 編集] | page top↑
この辺の話はネコさんの カーマガジンNo.266と二玄社のスーパーCG No013を参考にしてますので、ソチラにもっと詳しく書かれていますです。
本当はフランス語が読めれば伝記を読みたいところですが。
【2006/07/08 12:08】 URL | BK-BEL #79D/WHSg[ 編集] | page top↑
いつもながら、幅広い知識ですね!
写真もすごく綺麗で感心します・・・
また、コレクションの管理状況が非常に良いのですが、何か手を加えているのですか?
【2006/07/08 20:28】 URL | かんちゃん #79D/WHSg[ 編集] | page top↑
保存方法は特別な事はしていないです。
まぁ、集め始めて半年ちょっとの初心者なので新しい物が大半なのが理由でしょうか。
それでも一応写真を撮る前にサッサ(メガネ拭きとか色々試したけど今のところコレが一番埃が取れます。)で軽く拭き取り、その後にエアーダスターで吹いています。
【2006/07/08 23:46】 URL | BK-BEL #79D/WHSg[ 編集] | page top↑
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2007/05/20 13:20】 | #[ 編集] | page top↑
鍵コメ様へ

コメントありがとうございます。
残念ながらお尋ねの件は私には心当たりがありませんが、今度そちら方面に詳しい知り合いに聞いてみますね。
【2007/05/21 01:16】 URL | BK-BEL #qbIq4rIg[ 編集] | page top↑
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