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富士重工業 ラビットスーパーフロー S601C型 F-toys 1/24 モペットコレクション

今回も前々回からの続きでF-toysコンフェクトから発売中の「モペットコレクション」から「富士重工業 ラビットスーパーフロー S601C」です。


スーパーフローカタログ


こちらもスーパーカブ同様なかなか力の入ったモデリングです。
このシリーズの原型はバイク側を市原俊成氏が、フィギュア側が寒河江氏だそうです。


造り的には今回のシリーズの中でもこのS601Cが一番凝っていると思います。
ただやや残念な事にフロントライトからフェンダーにかけての部分がレッグシールドに対してほんの少し小さいのと、フットボードが少し長めなのが、プロポーション的にやや気になりますが、全体的な纏まりはとても良いと思いますし、ディテールの切れの良さは価格比を遙かに超えていると思います。


実車の方ですがラビットシリーズはご存知の様にスバルのブランドで有名な富士重工業が昭和21年から同43年(1946~68年)まで生産していたスクーターです。


スクーターは第二次大戦前は主にアメリカとイギリスでレジャー用の道具として進化してきました。そして、戦後は主に日本・イタリア・ドイツなどの敗戦国で庶民の足として発展して行く事となります。
ラビットも最初はアメリカのパウェル社のスクーター、ストリームライナーに範をとったS-1型(135CC、2PS/3,000rpm)から始まり、年々販売数を順調に伸ばして行き、それと共にラインアップも充実していきました。


s601前   s601後
スクーター本体はフロントが銀と金の2色があります。

今回のS601型はラビットの後期型の中でも昭和29年の年末に発売になったS-61型から始まるシリーズで、ラビットでも一番上位に位置するデラックスな車種です。
昭和29年の頃、ラビットシリーズの売上げはライバルであった三菱のシルバーピジョンシリーズに逆転され苦しい時期でした。S-61型はコレを挽回すべく従来からのイメージを一新した機種として企画されました。


クルーザー   Ducati Cruiser 1952~53年

ベスパやランブレッタのスクータブームに対応すべく企画される。
開発時は12馬力として設計されたが、スクーターの速度制限実施により7.5馬力に抑えられて発売された。
凝ったメカニズムを搭載していたが、それ故重く、故障も多く、2年ほどで生産中止となった。
「ドゥカティ最初の失敗作」とありがたくない名称でよばれる事も。

ちなみに、このS-61型が一番参考にしたと云われているのが、イタリアのドゥカティのスクーター、クルーザーです。
クルーザーはカロッツェリア・ギアによるスマートなデザインのボディとセルフスターター、シャフトドライブ、トルコンによる自動変速機構など革新的な機能を持ったスクーターでしたが、取り回しの悪さ、機械的な信頼度の低さなどから販売面では振るわず2年間で2,000台あまりが生産されただけです。
この機種のみでドゥカティはスクーター市場から撤退してしまいました。


アイビースタイルの紳士   女優のマチコさん
アイビースタイルの紳士   女優のマチコさん

S-61型はデザイン面でもこのクルーザーの影響が見てとれますが、なんと言っても開発中の自社製トルコンを装備できる機種として開発されました点が画期的でした。
そして、完成したトルコンを搭載したタイプは昭和31年4月にスーパーフローS-61D型として市販開始されました。
当時日本には四輪でもトルコン装備のATが無かった時代ですので、実用的な小型トルコンを開発した事で富士重工に対する技術的評価はより高くなったそうです。


そして、この大型スクーターはデザイナーにスバル360なども手がけた佐々木達三氏を迎えたS101型を経てS601型へと発展して行きます。
ちなみに、S101型から型番が3桁になっていますが、これはアメリカの戦闘機がセンチュリーシリーズのF-100、F-104と3桁型番になったのに習って変更したそうです。やっぱり元中島飛行機として心はどこか空に向いていたんですねぇ。


フロントライト類   リアライト

Cになって少し大きくなったウィンカーレンズ
グリル内のパーキングライトはCIIIのみ色つきとなります
  Cになって反射鏡の付いたテールレンズ
CIIIはサイドのラビットマークがロゴになり、シートもブラックレザーとなります。

さてさて、ようやく本題のS601型ですが、昭和34年5月に発売となった本機種は外観こそS101と殆ど変わりませんが、中身はフレームから一新されています。
変速機は遠心クラッチ式が併売されていたS101型とは異なりトルコン装備のスーパーフローのみとなっています。
変更点はまず、駆動方式がチェーンをすっぽりとケースで囲んだオイルバス式となり、更にエンジン一体型のスイングユニット方式に改められました。(それまではエンジンはフレーム搭載)
オイルバス方式となったのは、チェーンの騒音対策と長寿命化、そしてオイル飛散汚れ低減のためです。
そして、スイングユニット方式にする為にエンジンは従来のサイドバルブ式4サイクルから小型化に向いた2サイクル(199cc、11PS/5,500rpm)単気筒へと改められています。


リアサスにはスイングユニット化によって増えたバネ下重量に対応する為、ダイヤフラム型密閉式エアサスがブリジストン社との共同開発により日本で初めて実用化されています。
エアサスに組み合わされるダンパーは日立の協力によってエアサスに最適化されたオイルダンパーが導入されています。(この時のエアサス開発のノウハウは後にバスの車体を開発したときに活かされたそうです。)
これらの改良によりS601はスクーターとして初めて100km/hを達成しました。


フロントサスペンション   リアサスペンション
リーディングアーム式のフロント
Cからフロントリボンタイプのタイヤに
  エアサス採用のリア、ダンパーはボディ内部
後席のステップはサイドガードを兼用

翌年登場した改良型のS601B型では振動対策として画期的な「HK式防振装置」が導入されています。
これはスイングユニットとフレームをH型したリンクで接続し、これを弾性支持する事によってエンジンの振動がフレームに伝わらないようにしつつ十分な剛性を確保、かつコストも安く済むという優れものです。
このH型リンクとその発展型は現在もスイングユニット式のスクーターの殆ど全ての車種で使用されています。
また、車体面では燃料タンク容量が6Lから10Lに増量され、レッグシールド後ろにあったバッテリーが車体後部に移っています。
機械的にはこのB型でS601はほぼ完成の域に達し、あとは細かい改良が施されて行くのみとなります。


今回モデル化されているS601C型ではタイヤがホワイトリボンとなり、キックペダルが追加され、バッテリーが13AHから18AHに容量アップされています。そして、その後S601CII型、S601CIII型へと小変更されながらラビットシリーズが生産中止されるまで造られ続けました。


ハンドル周辺   キックスタータ
ハンドル上のインジケータランプはオミットされてます。
スピードメータはハンドルの下。A/B型は○型のカメレオンメータ
  Cから装備されたキックペダル
キックペダルを省略し、ブラックタイヤとした廉価板のCSもあります

機械的にはかなりの完成度となった後期のラビットやシルバーピジョンですが、安価で高性能なカブタイプのモペットの登場や軽自動車の普及によって昭和34年をピークに徐々に販売台数は落ちて行きます。
そして 、シルバーピジョンは昭和40年3月に、ラビットも昭和43年6月をもって生産を終了し、その歴史に幕を下ろす事となります。
以後暫く日本のスクーターは空白期間を迎える事となります。
しかし、現在に至るまでこれらのスクーターは愛好家の手によって整備され今もなお多くの車体が走り続けています。


S601C
F-toys 1/24 モペットコレクション 02A/02B
富士重工業 ラビットスーパーフロー S601C型
 
実車スペック
  重量 153Kg
  エンジン 単気筒 2サイクル ピストンバルブ 200cc
  最高出力 11ps/5500rpm
  ミッション段数 トルクコンバータ
  サスペンション 前/後: リーディングアーム/トレーリングアーム
  ブレーキ 前/後: ドラム

 

【2006/03/26 02:56】 | ミニカー 二輪車 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
故郷への長い道

二輪車ETCの試行運用状況と当面の措置について(3月23日 国土交通省発表)

現在、一般モニターの拡大に努めているところであり、今後は運用状況について評価・分析を行い、安全性や通信機器の動作等に問題が無いことを確認した上で関係機関等との協議を進め、二輪車用ETC車載器の市販化にあわせて本年秋には二輪車ETCを本格的に導入する予定です。

と、云う事で早ければ今年の秋にはバイクでもETCが使用できる様になる様で、首都圏ではETCゲートの表示やペイントなどがバイク対応タイプに着々と変更されつつあります。
対応の車載機がモニター用はひどく大きいタイプなんですが、市販時には四輪用みたいにスマートなタイプに改善して欲しいですね。


で、秋じゃ春のツーリングシーズンに間に合わないじゃないか!と、いう方。
とりあえず、ETCのマイレージサービスが二輪にも適用になり、割引サービスが受けられるようになりました。
まぁETCゲートは上記の様にまだ使えませんので、料金所で一々係員の方にカードを手渡すというスマートではない方法ですがハイカの代わりには十分なります。
但し、郵送(今時、ネットで申込み無しなんてねぇ)での事前登録が必要となりますので、以下のページを読んで申し込んでおいてください。

■ ETCマイレージサービスで二輪車登録の郵送受付を開始しました!

排気量が125ccを超える二輪車をお持ちのお客様を対象に、ETCカード1枚をETCマイレージサービスにご登録いただける二輪車登録を開始します。

今まで、何かと不便だった二輪のETC事情ですが、いよいよ実現に向けて前進してきた様でこれからの進展に期待しましょう。

【2006/03/24 11:53】 | Moto | コメント(2) | page top↑
思い出せなかったんです

先日の日曜日は知り合いとイチゴ狩りに行ってきました
その道すがらの雨の高速でなにやらカッコ良いステーションワゴンが少し前に見えて来ました。


雨の高速


「あっ、あれ何だったっけ?」
「え~っと、え~と・・・ああ、ココまで出てきかかっているんだけど出てこない」
「たしかぁ、確かイギリスにあんな大きなリアウィンドウのワゴンがあったような・・・」


結局その場では該当しそうな車種の名前が浮かびませんでした。( ´△`)


その夜・・・
やっぱり気になるなぁ。


リア


ええと、あの大型のリアゲートは1970年前後の車だったよなぁ。
「あ~~!思い出した。リライアントだ。確かシミターとかいうやつ。」
そして、ちょっとネットで検索をかけてみると


リライアントシミターGTE


リライアント・シミターGTEは1968年に発表された、スポーティなワゴンの先駆けとなったモデルです。
でも、少し違う様な。そもそもこれヘッドライトが片側2個の四つ目だけど、昼間の車は


フロント


2つ目だったよねぇ。違うじゃん・・・
あ~ぁもういいや、考えるの止めよう。


そして、水曜日の夜に別にその事を考えていた訳ではないのですが・・・
「おお、突然思い出した!ボルボだ!ボルボP1800のステーションワゴンタイプだ!」
と、云う事でようやく思い出しましたあれは「ボルボ 1800ES」です。 普通こっちが先に出てきますよね。(´ー`)
一度思い出すと、なんですぐに出て来なかったのか不思議な位ですが、まぁ私の記憶力なんて所詮はそんな程度ですね。


ちょっと検索したみた所、会社の近くのショップにミニチャンプスの1/43のモデルが在庫がありそうです。
そういう事で発作的に今日買ってきてしましました。(-ω- )


1800ES 1800ES

「ボルボ 1800ES」はボルボが1954年に突如として発表し、少数が生産されたスポーツカー「P1900」の後継車「P1800」のワゴンバージョンです。
「P1800」は1961年から生産が開始され、最初はイギリスで組み立てを行っていましたが、1963年からはスウェーデン国内で組み立てを行う様になりました。
そして、エンジンの排気量も1780ccから1986ccへ拡大、フューエルインジェクションの採用など毎年改良が加えられつつ1973年まで生産が続けられました。


「1800ES」はそのモデル末期、1971年に追加されたエステートバージョンです。
リアの大型のゲートはヒンジとハンドルがガラスに直接接着されているそうです。
ガラス面も広大ですが、ラゲッジスペースも非常に広くボルボらしいワゴンバージョンと言えるでしょう。
モデルでも当然やけに広いスペースがド~ンと空いています。


ボルボ自体はその後1986年の「480ES」までスポーティーなワゴンは生産しませんが、現在のスポーツワゴンに先鞭をつけたモデルとして今でも欧州では人気の高い車の一台だそうです。


  1800ES
ミニチャンプス 1/43 No.430.171619
ボルボ 1800ES 1971年 (シルバー)
 
実車スペック
  大きさ 4385×1690×1290mm
  ホイールベース 2450mm
  重量 1185kg
  エンジン 直列4気筒OHV 1986 cc
  最高出力 135ps/6000rpm
  最大トルク 18.0kgm/3500rpm
  駆動形式 FR4速
  サスペンション 前/後: ウィッシュボーン/トレーリングアーム
  ブレーキ 前/後: ディスク
【2006/03/24 04:17】 | ミニカー その他 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
愛知県で開発されたから愛ベリーだそうですよ

昨日は黄色のお店の面々とイチゴ狩りに行ってきました。
前回は仕事のために急遽行けなくなってしまったので、今年初めてのイチゴ狩りです。
いつもですとスクーターで行くところですが、今回は車でマッタリと移行という事で電脳サンのオデッセイに乗せていただき、行ってまいりました。

小林いちご園

行ったのは千葉県は東庄町の「小林いちご園」さん。
行けなかった前回は別の所に行ったそうですが、やはりコチラの方が美味しいという事で決まりました。

着いたのが早い時間だった事もあり、他のお客さんも無く貸切状態で気持ちよかったです。(@°▽°@)ノ
東庄で栽培されているイチゴは「アイベリー」という品種でサイズも大きく味・香りもとても良い品種で最高です。

アイベリー 黄色好きさん
見事な色と大きさでしょう?大きいのは更に1.5倍くらいあります。 そろそろ、カメラ好きさんに改名した方が良いかも(笑)

ちょっとググってみるとこのイチゴは大きさが揃えにくいなど栽培に難しい面があるので、生産箇所はあまり多くないものの、やはり評価の高い品種の様です。

イチゴの花   こう並んでいると花から実へ変わって行く過程が良く分かります。
イチゴの品種を変えながらも5月末までイチゴ狩りは営業されているそうです。

イチゴを堪能した後は「ふれあいパーク八日市場」に移動してちょっと買い物と昼食でうどんと天麩羅、とろろのついた定食をいただきましたが、こちらもとても美味しゅうございました。

定食

「八日市場市」は今年「野栄町」と合併して「匝瑳市」となったそうです。
匝瑳・・・読みの難しい漢字ですね。「ソウサ」と読むんだそうですが、次に行ったときにはもう忘れていそうです。( ̄д ̄;)ノ


食べ終わった頃には朝から降っていた雨も止みましたので、これからどうするべぇとカーナビを検索しつつ相談した結果、千葉市動物公園に行く事になりました。
昨年、二本足で立つレッサーバンダの風太君で一躍有名になった所ですが、一同到着までそんな事はついぞ忘れておりました。

生憎の曇り空で光量が十分でなく、シャッタースピードが足らずに失敗写真を大量生産してきましたが、比較的マシなのを何枚かあげておきます。
風太君は寝ていましたので写真無しです。

ホウオウジャク インコ
こんな失敗写真を量産 恥ずかしいから撮っちゃイヤ
では無く、寒いようで丸まってました
ホンドザル ゾウトピアリー
危ないタンデム 象は厩舎の中なのでトピアリーをどうぞ

ヒツジ イヌワシ ヤギ
ヒツジさんまつ毛長いね 前の網が邪魔だぁ! ヤギにガンつけられました

ミーアキャット アカハナグマ
立つのはレッサーバンダだけじゃないよ こちらはイナバウアー特訓中?
イナバウアーは横滑りのことだってバ
カリフォルニアアシカ アミメキリン

俺に一曲歌わせろ!ぼぇ~♪

物憂げですが、この後元気に同じ柵内のシマウマ追いかけてました

そんなこんなで、今回も楽しい一日を過ごさしていただきました。
特に車を出していただき、一日運転をしていただいた電脳さん、お疲れ様でした。(^o^)

【2006/03/20 14:35】 | ツーリング | コメント(2) | page top↑
リモコン導入
オリンパスリモコン


MVアグスタの回からですが、新兵器(笑)としてリモコンを導入しました。
撮影している時の光源は27Wの蛍光灯1灯だけですので、あまり明るくはありません。
被写界深度(ピントの合う範囲)を得ようと絞りを思いっきり絞ると(あんまり絞りすぎても写りが悪くなりますが、背に腹は変えられない時も多数有るわけでして。)当然、シャッタースピードは超が付くほど遅くなります。
そんな時にシャッターに手を当てていると、三脚を使っていても細かい手振れが出てしまいます。
普段撮影している場所は下が畳なので余計で易い事もあってピントが甘く見える写真が当社比でも大増量となってしまいます。



ただでさえ下手な写真なのに手振れまであったのでは見るに耐えません。
そこで、このリモコンの登場です。
オリンパスの多機能リモコン「RM-1」お値段は\2,520-でした。
リモコンを使えば当然カメラにはノータッチとなりますので、手振れは激減です。


シャッターボタン使用   リモコン使用
シャッターボタン使用   リモコン使用
     
シャッターボタン使用アップ   リモコン使用アップ
ピントは固定ですが、細かいブレのせいでピンが甘く見えます。

使い方は簡単です。カメラをリモコンモードに切替えてあとはリモコンのシャッターボタンを押すだけですが・・・
カメラのメニューの何処にもリモコンモードへの切り替えが見あたりません。
かなり探しまくったあげく、単写や連写などのカメラのドライブモードの切替えの中に有りました。
カメラによっては単独のボタンなども用意されていて使いやすいんですが、まさかドライブモードの中とは・・・


私のカメラの場合、リモコンを押してから実際にシャッターが切れるまでの時間が0秒と2秒の2種類を選択できます。
コレを2秒に設定しておくとリモコンの操作をした後にもう片方の手に持ったレフを調整したり、リモコンをすばやくレフに持ち替えたりと便利に使えます。


と、云う事で模型撮影に限りませんがマクロ使用時などに自分の写真がいまひとつシャープに見えない場合、リモコンの使用はお勧めです。

【2006/03/15 03:09】 | ミニカー 写真撮影 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ホンダ スーパーカブ C50 F-toy モペットコレクション 1/24

今回はF-toysコンフェクトから発売中の食玩「モペットコレクション」から「ホンダ スーパーカブ C50」です。
ミニカーを集め始める前は、食玩ってあまり買った事が無かったんで、これもある意味新鮮な体験でした。


スーパーカブC50


パッケージの中にはバイク本体の他に当時のライダーを模したフィギュアがセットされてます。
モペット本体の完成度も高いですが、このフィギュアも感じが良く出ており雰囲気満点のセットです。
このセットのレベルの完成品が400円しないで買えてしまうとは、いやはや恐れ入ってしまいます。


パッケージパッケージ


全体のプロポーションも良好ですし、細部も意外といっては失礼ですが造りこまれ、スケールなりに省略も綺麗に行われています。
スケールも1/24に統一されていますので、同スケールのモデルカーと並べてみるのも面白いと思います。



実車のスーパーカブについては日本人なら知らない人はいないでしょう。
世界でもっとも多く販売・愛用されている原動機付二輪車であり、今なお造り 続けられている傑作中の傑作車です。
ちなみに、Cubとはクマやライオン、キツネなど肉食動物の子供の事で、小さく元気な事からイメージし名づけられた名称だそうです。


ジュノオK13型   スーパーカブC100
ジュノオK13型   スーパーカブC100

最初の「スーパーカブC100」が発売されたのは1958年8月です。
開発がスタートした当時のホンダはスクーターのジュノオ号の失敗、ドリーム号 4E号のキャブレターに関するクレーム、カブ号F型(自転車用補助エンジン)の販売の急速な落ち込みなどで創業以来のピンチに立たされていました。
そこに乾坤一擲の打開策として投入されたのがスーパーカブでした。
「片手でも操作可能」「オートクラッチ」「クラス最高出力のエンジン」「跨ぎやすい低床フレーム」「斬新なデザイン」「安くて丈夫」と画期的な特徴をいくつも持つスーパーカブは当初の販売目標も大きく超え3年で100万台を越えるなど、 それまでの二輪車の10倍以上の台数を販売しました。
アメリカでも大きく成功し現在のホンダの基礎を築きました。


C50前   C50後ろ

そして、8年後の1966年に登場したのが今回の「スーパーカブC50」です。
「C100」と比較して大きく変わったのがエンジンでOHVからOHCになっています。
元々、「C100」の時にもエンジンをOHCにするかどうかという話は有ったらしいですが、実用車としての堅実性とエンジンの小型化を優先しOHVが採用されたとの事です。
しかし、日本の道路事情も急速に改善されスピードが出せる場面が多くなると OHVではメカノイズが大きく快適性に劣り、また他社の同系機との差別化の為に もOHC化が必要な状況となってきました。


蕎麦屋の兄さん   酒屋の源さん
蕎麦屋の兄さん   酒屋の源さん

「つばめ作戦」と呼称されたOHCカブの開発は本来OHVに比べると大きくなるOHCにおいても大きさ、重量共に従来のエンジンと同程度になる事を目標とし、それを達成しています。
市販にあたって当時のホンダの文字通り屋台骨であったC100シリーズ後継での失 敗は許されません。
そこで、この新型エンジンはまず1964年12月に「スポーツカブCS65」に搭載され 発売されました。 その後「スポーツカブCS50」「スーパーカブC65」を経て生産等の実績を十分に積み、1966年5月に満を持して「スーパーカブC50」がデビューを飾りました。


外観の基本デザインは踏襲されているもののヘッドライトがアメリカのCHP規格に合わせて100mmから130mmに大型化、取付位置もステアリングバーと同じ高さへ移動されイメージ的には大きく変わりました。
他の灯火類も大型化されています。
その他スイッチ類もより一層集中化されています。


エンジン   リア周り
エンジンも小さいながら再現   テールもなかなか力が入ってます

スペック的にはOHV系のエンジンを上回るC50でしたが、C100系よりも非力に感じ るという声も上がりました。
それは主にはエンジンの静粛性が上がった為の心理 的なものではあったのですが、低中速のトルクが若干細かったために吸気バルブ径を25φから23φに、排気バルブ径を22φから20φに変更し一時減速比もローレシオに改められています。


ホンダにとって1960年代はマン島T.Tレースでの勝利に始まり、 アメリカやヨーロッパへの進出、四輪車の販売開始など大躍進の時代でした。
その乗りに乗っていたホンダ技術陣が送り出した第2世代スーパーカブC50スーパーカブは完成度も高く、基本的なデザインはこのC50以降、現在に至るまで大きな変更はされていません。
現在では累計生産台数が5,000万台を越えエンジン付きの乗り物としては他に類をみない記録となっています。
正に傑作中の傑作という事が言えるでしょう。


C50
F-toy 1/24 モペットコレクション 01A/01B
ホンダ スーパーカブ C50 
 
実車スペック
  全長/全幅 1,795mm/640mm
  重量 69Kg
  エンジン 空冷4サイクル単気筒 SOHC 49cc
  最高出力 4.8ps/10,000rpm
  ミッション段数 3段リターン
  サスペンション 前/後: ボトムリンク/スイングアーム
  ブレーキ 前/後: ドラム

 

【2006/03/12 03:00】 | ミニカー 二輪車 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
MVアグスタ750Sport ミニチャンプス 1/12 クラシックバイクシリーズ

今回はミニチャンプスの1/12クラシックバイクシリーズからMVアグスタ750Sport(1973)です。
750Sportにはタンクのグラフィックやリアランプ等の形状が違う初期型、そして今回のモデルが再現している中期型、エンジンチューンが異なりディスクブレーキとなった後期型があります。
個人的には中期型が好きなので今回のモデルは嬉しい限りです。


MVA750s01


全体のプロポーションはとてもよく、ディスコボランテ(空飛ぶ円盤)と呼ばれた独特のタンク形状も良く再現されています。(幾分前下部の丸みが足りない気もしますが)
ホイールのスポークなども角度、本数ともに正確ですし、シートの質感も良いと思います。


mva750パッケージ1   mva750パッケージ2
パッケージはこんな感じ

逆にやや気になるのはエンジンの仕上げです。確かに本物もわりとマットな仕上げではありますが、もう少し金属感があります。
おかげでメッキ部分のパーツがやや浮いている感じがあります。
とはいえ全体的には最初に書いた様にとても良い出来だと思います。



アグスタ社はイタリア最古の飛行機メーカーとしてスタートしました。
創業者のジョバンニ・アグスタが自己設計の飛行機で初飛行に成功したのは1907年といいますからライト兄弟の初飛行から僅か4年後のことです。
そのジョバンニ・アグスタが48歳という若さで亡くなってしまって会社を継いだのが長男のドメニコ・アグスタです。
21歳という若さで会社を率いることになったドメニコですが、その手腕は優れ世界恐慌も無事に乗り切りました。


mva750s前   mva750s後
全体のプロポーションも良好です

第二次大戦後、敗戦国となったイタリアでは飛行機の制作は禁止されてしまいます。
ドメニコは戦後イタリアの経済難から二輪車の需要が増えるだろうと予測し子会社として1945年にMV(MeccanicaVerghera)アグスタ社を設立、バイクの制作・販売に乗り出します。
そんな経緯でバイクを造り出したMVアグスタ社ですからその生産の主流ラインは実用車でした。


タンク上方   シート
独特のタンク形状   革張りシート、ちょと堅めにも見えますが

1950年代にはスクーターや三輪車なども生産しています。 また、本業の飛行機部門は1949年にイタリアが北大西洋条約に調印したのを機に飛行機のデザインと製造を再開しました。
実用車の生産をメインとするMVアグスタですが、イタリアでは実用車の販売数といえどもロードレースの結果が人気に反映されるので1946年にはロードレースに参入する事となります。
以降1976年にレースから撤退するまでの30年間に通算3,027回の勝利、うちGPで270回、37個のタイトルを獲得し、ギネスにも世界で最もレースで成功した会社として記録されました。


4気筒エンジン1   4気筒エンジン2
レーサー譲りの4気筒エンジン

レースではファイヤーエンジンとして有名なMVアグスタの4気筒エンジンですが、ロードモデルではコストの安い単気筒や二気筒に拘り続けました。
そして、ようやく4気筒のエンジンを積んだロードカーがリリースされたのは1967年(発表は1965年)、591.8ccのエンジンを搭載する「MV600FOUR」です。

しかし、それは多くの人が期待したレーサーの公道仕様などではなくツーリングモデルでした。
これはドメニコ・アグスタがプライベートレーサーによる悪い成績がアグスタの評判を落とす事を嫌い、レーシーなモデルを発売する事をためらった為と言われています。
デザインもイタリヤやイギリスのスポーツモデルというより1950年代の日本バイクの様な所謂、神社仏閣タイプと呼ばれる落ち着いたデザインでした。
結果、期待されていたにも関わらずセールス面では「600FOUR」は失敗と終わります。生産台数は僅か135台でした。


フロントブレーキ   スターター
ダブルパネルドラムブレーキ   エンジン後端のスターター

そして、1969年のミラノショーにて発表されたのが「750Sport」です。
フレーム、エンジン、スイングアームなどの基本コンポーネンツは「600FOUR」と共通の「750Sport」ですが、外見は本格的なカフェ・レーサータイプへと改められいます。
「600FOUR」から受け継がれたエンジンは743ccにまでアップされれています。
65hp/7900rpmと大人しめのスペックですが、基本的な設計はGPで使用されたコンパクトなエンジンその物です。
フロントブレーキは「600FOUR」のディスクブレーキからグリメカ製のダブルパネル4カムドラムブレーキとなっていて現在の目からすると一見後退している様にもみえますが、当時のMVレーサーはやはりダブルパネルタイプのドラムブレーキを採用しており、むしろよりレーシーな方向にイメージが振られたと見るべきでしょう。


シャフトドライブ   メーター
シャフトドライブ   ベリア製メーター

メカニック的な弱点としてはやはりシャフトドライブが採用されていた事です。このシャフトドライブ自体は完成度の高い物だったらしくトルクリアクションも殆ど感じられないとの事ですが、レースなどに使用するには耐久性が低くイモラレースに参加したときにもバベルギア破損でリタイヤとなっています。
エンジンも元がレーシングエンジンな為に大量生産には向かない構造となっており、あまり多くは生産されませんでした。


逆に魅力的な面は、なんといってもその美しいスタイル、絶妙と云われたポジション、そしてレーサーまんまのエンジンはレスポンスがよく、メカニカルノイズも市販車のそれというよりはレーサーのものだった様です。


4本パイプ   4本パイプ2
微妙なカーブを描く4本マフラー

「750Sport」にはバリエーションとしてフルカウルを纏い限定生産された「750SuperSport(1971)」(フルカウルは後期型のオプションとしても販売されています)、純粋なツーリング仕様の「750GT(1971)」、そしてアメリカの商社からの要望によって造られた「750America(1975)」などがあります。


サーキットを極めたMVアグスタですが、1971年にドメニコ・アグスタが心臓発作で急死を遂げた頃から本体の飛行機部門共々経営不振に陥り、1973年にはイタリア政府管理下に置かれてしまいました。
飛行機部門は1976年に生産開始したヘリコプター「A109」が好調に売れ始め、その生産拡大のために資金を集中する必要が出てきました。
そして、その為1977年にアグスタ社はMVアグスタ社の閉鎖を決定。MVアグスタは約30年という短い時間に強烈な光を放ち消えて行ったのでした。
「750Sport」はMVアグスタがその栄光につつまれた歴史の最後に煌めいた残光と言えるでしょう。


mva750s3   mva750s4

なお、「MVアグスタ」の名は1997年に同じイタリアの「カジバ」がブランド名を習得し走る宝石と言われるF4シリーズの販売を開始しましたが、2004年にマレーシアの自動車メーカー「プロトン」がコレを買収、しかし「プロトン」は自身の経営難から昨年末に僅か1ユーロで手放す事となりました。 その記事に関してはコチラを参照してください。


mva750s5
ミニチャンプス 1/12 クラシックバイクシリーズNo.19
MVアグスタ750Sport  (ブルー・レッド・ホワイトのトリコロール)
 
実車スペック
  重量 235Kg
  エンジン 並列4気筒 DOHC 743cc
  最高出力 69.4ps/8500rpm
  ミッション段数 5
  サスペンション 前/後: テレスコピック/スイングアーム
  ブレーキ 前/後: ドラム
【2006/03/02 03:20】 | ミニカー 二輪車 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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